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通訳者のメモの取り方について(2) [通訳よもやま話]

こちらの投稿については、2009年に株式会社 アイ・エス・エスのウェブサイトのコラムとして寄稿されたものに、筆者が若干の加筆を加えて、当ブログサイトに「引っ越し」てきたものです。(アイ・エス・エスのウェブサイトでの掲載はすでに終了しております。)ご了承くださいませ。

第五回 ノートテイキング(2)

皆様、いかがお過ごしでしょうか?


さてさて今回も、前回に引き続き、ノートテイキング、メモとりのお話です。

さて、前回に引き続き、私が前回のエッセイの冒頭部の逐次訳するのであればどういうメモをとるのか、更に見てみましょう。参考まで、前回のエッセイの冒頭部はこんな感じでした。

皆様、お元気ですか? ちょっと前ですが、通訳者として気になるニュースがありました。 グルジア政府が、日本政府に対して、自分たちの国の名前を、「グルジア」ではなく「ジョージア」にしてほしいと要請したとのこと。・・・(1) そう、日本ではグルジアと知られている彼の国、実は英語ではGeorgia, Ray Charlesがわが心の・・・と歌ったアメリカ南部の州、そして日本では缶コーヒーでおなじみ、ジョージアと同じ名前だったんです。 私も最初、確かJapan Timesだったと思うのですが、Georgiaという国名を見たときに、どの国のことかさっぱりわかりませんでした(苦笑) 仕事中のことでなくて本当によかったです(笑) ・・・(2)

前回お見せしたメモはこの文章の(1)までの内容をメモったものでしたね。さて、メモを活用して、(1)までの内容は訳し終わりました。そこでまたスピーカーの方がしゃべり始め、(2)のところで逐次通訳を入れてもらうために話を止めました。まさにその時点で、私の手元のメモはこうなっております

ISSメモ004Small.jpg

さあ、いくつかのことに気づかれたのではないかと思います。

まずすでにこの時点で訳し終わっている、(1)までのメモは縦線で消されていますね。これもまたノートテイキングの基本となります。

訳し終わった内容は必ず、縦線で消すこと!

理由は簡単、極限状態で通訳をしている状況ですと、これをしていない場合、自分の目の前にあるメモのどこからどこまでがすでに訳し終わった内容で、どの部分から訳出を始めればいいから、いとも簡単に忘れてしまうからです。バツでも構いませんが縦線のほうが一手間省けてよいでしょう(笑)
削除の縦線を引っ張るのは、訳し終わったらすぐ、スピーカーが次の話を始める前にやっつけてしまいましょう。でないと今度は削除線を引っ張ることを忘れます(笑)

それと、前回のメモにもありましたが、メモが横線で区切られていますね。

文章の区切りをわかりやすくするように、センテンスの終わりは横線で区切る!
これも多くの通訳者の方々が実践されていることではないかと思いますが、文章の区切りごとに横線を引っ張って、どこからどこまでがワンセンテンスになるのかを把握します。

ひとつ、この際のコツは、原文の文章の区切りに忠実に横線を引っ張る必要はないですよ、ということ。例えば、こういう方って結構多くいらっしゃいます →日本語でしゃべる際に「。」で文章を区切ることをせずに「、」でつなぎながら延々としゃべり続ける方・・・(通訳者的にはかなりやっかいな手合いです(苦笑))。この人の「文章」の区切り通りに横線を引っ張ろうとすると、一回の発言が2分間続いてその間、一回も横線が引っ張れませんでした、なんてことになりかねません。

そういう意味では、自分が実際に訳す時に、ここであればセンテンスを区切れるであろう、という場所、すなわち意味的な区切りで横線を引っ張ってしまうようなアプローチのほうが効果的ですね。

ごくごくまれに、意味的な区切りすらどこにあるのかがわからないような、ぶっ飛んだ発言をなさる方もいらっしゃいますが・・・その際は素直に横線を引っ張るをあきらめるしかないですかね(苦笑)

それと、メモの中にとても文字とは思えない怪しげな記号のようなものがありますよね(笑)
左列、Gvtの隣にある、記号、日の丸、つまり日本です。右列上、レイチャールズの上の記号、ユニオンジャック、「英語」(あるいはイギリス)です。皆さんにそうは見えなくとも、私の中では断固として日の丸とユニオンジャックなんです(笑)

記号を活用しよう!

自分が通訳することの多い分野などに応じて、特に頻度の高い言葉などは、メモの時に使える自分なりの「記号」を決めておいて活用すると効果的です。シンプルな記号を考えておけば、言葉を書き取るよりも簡単に素早くメモをとることが出来ますし、また、「絵」という視覚に訴えることにより情報が頭の中に入ってき易くなる効果もあるんじゃないかと個人的には考えております。

私が常日頃よくつかっている記号は以下の通り。

ISSメモ005S.jpg

それぞれ、① 増加、上昇、成長 ② 減少 ③ 数字の横において、以上、以下 ④変動、fluctuation ⑤ 変化(あまり変化っぽくないですが私の中では変化です)⑥時間(時計に見えないですか?) ⑦ 環境(システム環境)、エコ、(木に・・・見えませんよね) ⑧ 括弧 これは前回メモをとらなきゃいけない情報!として紹介した5.並列な情報の羅列の際に、並列関係を示すために使っています。 ⑨ 画面 (2分間ほど見つめ続けていると、多分パソコンの画面に見えてくるはずです) ⑩ 会社、ビル (ビルの絵です。誰がなんと言おうとビルです) ⑪ データベース。(システムの構成図などでDBは実際にこのように表記されているようです) ⑫ 聞く ⑬ 話す ⑭ 見る(余裕があるときは睫毛をかいたりすることもあります) ⑮ 日本 ⑯ アメリカ (星とストライプなしのStars and Stripesです) ⑰ 中国  ⑱イギリス(とてもおざなりなユニオンジャックです。これについては素直に「英」って書いたほうが楽じゃん、という話もありますが・・・(笑))

矢印や○は、多くの通訳者の方々に活用されていますね。増加や減少、その他いろいろな表現に活用されています。それと否定を示す際には×を使ったりもします。皆さんも自分自身の記号、自分なりの方法論をいろいろと編み出してくださいませ。

記号を使いこなすのに一つとても重要なこと、それは 「絵心は必要ない!!」ということです(笑)
私の記号を見てれば分かりますよね。

略称を活用しよう!

メモ中にあるGvt = Governmentといったような略称も活用しましょう。

これもまた殆どの通訳者の方が実践されているのではないかと思います。

個人的には略称は、二つのレベルで使い分けています。

一つは、ユニバーサルなもの、つまりどんな分野のどんなお仕事であっても、常にこの略称が出てきたら、この言葉と、自分の中のルールとして決めているもの。例えば、以下の略称は、私はいつでも同じ言葉の略として使っています。(たまに例外はありますけどね)
Bk (Bank) NW (Next Week, or Net Work), LW (Last Week) TW (This Week) Fin (Financial) FI (Financial Institution), FW (Firewall), Sls (Sales), Prf (Profit) Gvt (Government) Acct (Account) Mgmt (Management) Adm (Adminitrative / Administration)

・・・などなど

一つの略称が二つ以上の意味を持っているケースもありますが、そのあたりはコンテキストで見分けることができるのでさほど問題ではないかな、と思っています。

もう一つの略称は自分の中の「日替わり略称」。

即ち、その日その日、お仕事毎に使い分ける略称。その日のお仕事(あるいは学校の課題)で頻出しそうなキーワードについては、その場で何らかの略称を決めてしまうのです。

例えば、今日はソニーさんのお仕事なのでSとメモったら、らソニーさんのこと、でも明日は自動車のスズキさんのお仕事なので、Sとメモったらスズキさんのこと、と言った具合にお仕事により毎日使い分ける略称。自分の場合は、ユニバーサルなものでない、日替わり略称については、他のアクロニムや略称と区別するために○で囲うようにしています。

記号にしても、略称にしても大切なことは、きちんと自分の中で体系的にルールとして確立してなるべくそこから「ぶれない」ようにすること! 日替わり略称以外は、毎日同じ記号や略称を使うように心がけましょう。その場その場のアドリブであまりクリエイティビティを発揮してしまうと、書いた二分後には自分のメモに書いてある記号や略称が何のことだったか思い出せない、という羽目に陥りかねません。

もう一つ、略称ではありませんが、単語を書く際に、必ずしも最後まできちんと書く必要はありませんよ、というのもコツの一つかもしれません。

例えば、implementationという言葉、impとしかメモらないと、impossibleなのかimplementationなのか区別がつきませんし、implまでメモっても、implication なのかimplementation なのかわからなくなってしまう可能性がありますが、impleまでメモってしまえば後のつづりは書き留めなくてもimplementationあるいはimplementのことである、とわかるのではないかと思います。

Implementationなのかimplementなのか、名詞なのか動詞なのか品詞がわからないと困るじゃないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、頭の中にきちんと話の内容をリテンションできて入れば、メモ上では品詞の区別がつかなくても、全く問題はないはずです。

ただし、逆もまた真なり、です。少なくともどういう単語か認識できる程度までにはきちんとメモをとること。これもノートテイキングのトレーニングをやっているとよくあることなんですが、例えば、implementationという言葉をメモるのに、”i” としかメモらないような生徒さんがいらっしゃいます。(冗談抜きです。ほんとですよ)。これじゃ話が終わって訳を始める時分には、この”i”が何の”i”だったか、吹っ飛んでること確実に請け合いです。

さてさて、ワタクシの作成した架空のメモをもとにいろいろとメモとりの「コツ」についてお話してきましたが、通訳者として、うまくメモとお付き合いするために心がけていただきたい大切なことについて、いくつかお話したいと思います。ひょっとすると今までお話した「コツ」よりも更に大切なことかもしれません。

メモに頼り過ぎないこと!

前回もお話しましたが、スピーカーの言ったことを全てメモにとるなどという芸当は、速記でも出来ない限り、不可能です。全ての情報をメモに残すことが出来ない以上、メモはあくまでも頭の中できちんとしたリテンションした内容を引っ張り出すための、補助的な役割を果たすことしかできないのです。

良く、通訳学校の初級クラスの生徒さんで、メモを一心不乱に見つめながら、10秒も20秒もうんうんうなっている方がいらっしゃいますが、それじゃいつまでたっても訳は出てきませんって!(あ、本当にうなっている方はあまりいらっしゃいません。どちらかというと比喩です(笑))こういう方はメモと上手くお付き合いできていない、ということになります。

私は、特にそういう生徒さんたちには、

メモはリテンションの呼び水として使うようにしましょう

とアドバイスしています。ちょいとわかりづらいですかね(苦笑) つまり、理想的なメモとは、メモに書いてある一つの単語を見れば、芋づる式に、それに関連・付随する情報が2つ3つリテンションから引っ張り出せるようなもの、というものではないかと思います。

もう一度最初に提示した私のメモを見てくださいませ。もとの文章の中の全ての単語あるいは情報がメモられているわけではありませんよね。そこにあるのは「私にとっての」キーワードです。「私であれば」このメモにある情報を見れば、その周りにある情報を自分の頭の中から引っ張り出して、文章中の全ての情報を再現することができます。(多分・・・二日酔いでなければ(笑)) 

なぜに「私」を強調しているかというと、これらのキーワード、つまり「呼び水」、あるいは「どの蔓(つる)を掴んで芋を引っ張りあげるか」はあくまで私のものであって、違う通訳者の方であれば、また違ったキーワードを選んでメモを取るであろうからです。

この記憶の呼び水となるキーワードをどうやって選ぶか、これについては今のところ確固たる方法論は存在していないのではないかと思います。多分どんな通訳者の方に聞いても、自分がどういう風にキーワードを選んでいるか、論理的に答えることの出来る人はいらっしゃらないのではないかな、と思います。

メモは読まないこと!

え!?せっかく取ったメモを読んじゃいけないの? じゃあどうしろってのよ?

こういうことです。

メモは読まないこと。なるべく「俯瞰的に」「眺める」ようにしてください。

これも通訳訓練を始めたての方々に比較的多くみられるケースなんですが、訳出を聞いていると、精度はそこそこなんだけど、構文がやたらと不自然で、聞き手からすると、とてもわかり辛い訳になってしまっていることがあります。

そこでこんな質問をしてみます。

「ひょっとして、メモを上から下へ順番に一つずつ読みながら訳してませんか?」

結構な確率で「イエス」という言葉が返ってきます。

ごくごく当たり前の話ですよね。メモを取る順番はどうやったって原文のセンテンスの順番でしか取れないわけです。一方で、英語と日本語は文法的な構造が全く異なりますので(いわゆるSVO構文とSOV構文の違い、あるいは修飾が前にくるか後にくるかの差、等々)、特に逐次通訳においては原文の情報をいかにきちんと整理して、訳文の言語にとって一番自然な順番に並び替えて構文を作れるかが肝となるわけです。原文の順番どおりにとっているメモを頭から順番に読んでしまったとたんに、そのような「並び替え」が不可能になってしまうわけです。

ちなみにそういう生徒さんに比較的多く共通する傾向として、メモに顔にくっつけんばかりに近くで見ているってのもありますかね。多少大げさですが(笑)

メモはある程度離して眺める様にしましょう。



考えなくても自動的に手が動くようにしましょう

これもまた、通訳学校の生徒さんたちに何度か相談されたことがあるのですが、

「メモをとりながら訳していると、メモをとるのに気をとられて、原文の内容を聞くことができなくなってしまいます」
これは困りますね。やはりメモと上手くお付き合いができていないようです。

抽象的な言い方で恐縮なんですが、話を聞くこととメモをとること、二つのことを同時にやっている、という感覚ではよくないのかな、と思います。聞いて、理解して、記憶して、その延長線でメモをとっている、という全てが一連の思考プロセスで出来るようにしなくてはならないのかな、と。その境地に達することが出来るよう日々練習を重ねて下さい。

自分などは会社員時代に会議の書記などを務めることが結構ひんぱんにあったので、初心者のころからこの点は割りとよく実践できていたように思えます。

それと細かいことですが、パソコンや携帯電話・その他のデバイスがとても普及している現在、普通に生活していると、意外と手書きで文章を作成する、ということが少なくなっているのかな、と思います。私は、それではいけないなと思い、通訳以外のメモなどもなるべく手書きでとるようにしております。

余談ですが、私、学生時代からとにかく死ぬほど字が汚いと周りから言われ続けてきました。しかし、通訳者になってから10年強、最近ちょっとだけ字が綺麗になってきたように思えます。どれくらい向上したかというと、前は自分ですら読めない字が多かったのが、今は殆どの字が少なくとも自分には読める程度にはなりました(笑)

例えば、通訳学校に通われている皆様であれば、授業のノートなどはなるべく手書きで作成したほうがいいんじゃないかと思いますよ。

最後に、心構えとして持っていただきたいのが

ノートテイキングは練習しなきゃ上手くなんない!

ということです。
これまでお話してきたコツ、特に記号や略称を使いこなしたり、あるいは心がけることの中でお話してきた、上手いキーワードの選び方、メモを「眺める」習性、あるいは考えなくても手が動いている境地、といったことは全て、何度も繰り返すうちに徐々に身についてくるものではないかと思います。

ということはつまりノートテイキングはある程度、量をこなさなきゃ上手くなんないよ、ということです。

通訳学校に通われている方も、独学でトレーニングに励んでいる方も、とにかく練習においてメモを取るようにして、ノートテイキングを少しでもたくさんこなせるようにするのが上手いノートテイキングへの、一番の近道ではないかと思います。

ただし、私は現在ISSインスティテュートにおいて、通訳訓練が初めてという方が多くいらっしゃるようなクラスでは、ノートテイキングの訓練は(半年間の学期の中で)後半の授業までは、やらないようにしています。これは、聞いて理解して記憶して訳すというプロセスがまずは頭の中で確立していない初心者の方がいきなりノートテイキングに気を取られてしまうと、却って弊害のほうが多いことがあるからです。

目安としては、1-2センテンスをメモなしで、ある程度きちんと訳す力がついてから、ノートテイキングの練習を始める、というのがいい塩梅なタイミングなのではないかな、と感じております。

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